持続可能な社会を実現するためには、森林などのバイオマスの再生速度を超えないという制約下で、①土作りに根付いた食料生産、②温室効果ガス排出抑制となる再生可能エネルギー利用、さらに③炭素吸収と貯留の3つを同時に解決することが重要です。その1つの手段となるのがバイオ炭であると思います。本稿では、持続可能な社会形成とバイオ炭の歴史的な流れについて振り返りたいと思います。

持続可能な社会に向けた流れ
「Sustainable society(持続可能な社会)」とよく言われていますが、持続可能な社会の必要性が世界で認識されたのはいつ頃なのでしょうか?人類が古来「火」を扱えるようになり、そして農耕による食料の備蓄が可能となり、そして木質資源を「木炭」として使用できるようになって「文明社会」が栄えたと言われているのは有名な話です。木炭を利用した冶金技術などが発達しました。文明発達により森林伐採が進み、森林は建築、造船、農機等の木材、暖房、料理などのためのエネルギーとして利用され、伐採後の土地は農耕地としての利用が進みましたが、逆に再生速度を超えた森林利用が森林を壊滅し、水の確保や土地が痩せるなど複数の要因が相まって文明が滅びてしまったのです。
1662年の著書「Sylva」(著者:John Evelyn)によると「天然資源の破壊的な過剰搾取を阻止するために、植林と播種はすべての地主の国民的な義務とみなされなければならない」、1713年の著書「森林文化経済学」(著者:Hans Carl von Carlowitz)では、持続可能な収穫のための森林管理の概念が述べられています。このように、持続可能な社会と森林(木質資源)などのバイオマスとは密接な関係があります。
1962年には、有名なRachel Carsonによる「沈黙の春」が出版され、農薬の残留性や生物濃縮がもたらす生態系への影響が公にされ、1966年Kenneth E Bouldingにより「宇宙船地球号」が提唱され、限られた資源を持つ生態系と経済システムが適合する必要があることが指摘されました。1972年ローマクラブの委託を受けて発表された報告書「成長の限界」はあまりにも有名であり、このまま経済活動を続けていくと、地球上の限られた資源を使いつくし、さらに大気、水、土壌は汚染されてしまい、すべての人々の基本的な物質的要求(エネルギー、食料、金属などの鉱物資源)を満たすことができなくなるだろう、すなわち人類の今後の発展にとって、「資源と環境」が制約条件になることが提唱されたのです。この流れの中で、ブルントラント報告書(1987年、Our Common Future)、リオ宣言(1992年、地球サミット)、MDGs(2000年)とSDGs(2015年)が掲げられたのは、皆さんもご承知のとおりです。
バイオ炭の起源
我が国では、古くから木炭や他の農業残渣の炭化物(例えば、もみ殻燻炭など)をエネルギーとしての利用だけではなく、土壌改良材として農地に施用されたり建物の床下調湿材など建材利用されてきました。上記で述べたように、持続可能な社会の実現のためには食料とエネルギーの確保が不可欠ですが、炭はエネルギーとしても利用されてきましたし、食料を得るための土作りのためにも利用されてきました。すなわち、炭の利用は持続可能な社会のためには無くてはならないものです。その流れの中で、バイオ炭が最近注目を集めるようになりました。
多くの文献で指摘されているように、バイオ炭(Biochar)という言葉が広く認識されたのは、ブラジルアマゾン川流域に黒色で肥沃なテラ・プレタと呼ばれる土壌帯が広がっていることが2006年に報告されたのが起源です。その土壌は、人為的に投入された排泄物や残飯、魚骨などの有機性廃棄物と炭が混合されたものです。炭の持つ多孔質構造が、これらの廃棄物由来のカリウムやリン、窒素等の栄養素を吸着・保持することで、雨による養分の流出(溶脱)を防ぎました。その結果、熱帯雨林気候にもかかわらず数百年もの間、肥沃な土壌が維持され、農耕利用が継続できたということです。この土壌の発見が契機となり、バイオ炭の農地施用に注目が集まるようになりました。
バイオ炭の特性
バイオ炭の組成と特性は、使用するバイオマスの種類、リアクターの形状、温度や酸素、水分条件によって異なります。特にバイオ炭の吸着特性(表面積や孔径など物理的特性、表面の官能基やイオン交換容量などの化学的特性)に影響を与える製造条件に関する研究が盛んに行われています。
このような特性があることから、バイオ炭の農地施用によって、根張りが良くなり栄養吸収が促されることから生産量が向上すると言われています。また有害金属の吸着などにより溶出抑制可能であると言われています。また、土壌内の微生物など根圏環境改善効果もあると言われており、科学的解明が望まれています。
バイオ炭の環境貢献
温室効果ガス削減は、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換のみならず、大気中の炭酸ガスの吸収量や貯留量を増加することも重要です。炭酸ガスの吸収や貯留の代表格は、森林資源ですが、他にも海草・海藻等に取り込まれた炭酸ガスがその後海底や深海に蓄積されるブルーカーボンもあります。
バイオ炭は上記の農業分野に限らず、二酸化炭素の貯留にも大きく貢献します。元来、光合成によって植物に取り込まれた炭素の一部がバイオ炭として農地に施用されると、炭素が長期間農地に貯留されることになり、これはカーボンネガティブ(ネガティブエミッションとも言う)となります。一定のルールを満たしたバイオ炭とその施用により削減したCO2量がJ-クレジット量として認められ収入につながります。
またバイオ炭の農地施用によって、化石燃料由来の化学肥料の散布量削減や農薬の散布量削減の活動につながれば、環境再生型農業(Regenerative Agriculture)にもつながります。バイオ炭による食生産に対するプラスの効果と環境に対するプラスの効果の相乗効果に関する知見の集積が重要です。
最後に
バイオ炭は、食料の継続的・効率的生産のための土壌改良材として、さらに温室効果ガス排出抑制のための炭素貯留に大きな力を発揮します。また元来、炭はエネルギーとしても利用されてきた再生可能エネルギー源です。森林の再生速度など自然資本の再生速度を上回らない範囲での継続的な利用が望まれています。

執筆者情報
石井 一英 氏 / 工学博士
北海道大学大学院工学研究科博士課程修了。
専門は環境工学、廃棄物工学、および環境情報学。
長年にわたり、廃棄物の物理選別や生物学的処理プロセス(コンポスト化・メタン発酵など)の数理モデル化、およびライフサイクルアセスメント(LCA)を用いた環境影響評価を専門としています。近年では、「スマート・ウェイスト・マネジメント」を提唱し、画像認識技術を用いた廃棄物組成の自動推定や、収集運搬路の最適化など、DXによる環境問題の解決に注力しています。
日本廃棄物資源循環学会(JSMCWM)などの主要学会において理事や委員を歴任し、国内外の資源循環政策の発展に寄与。次世代の環境エンジニアの育成にも情熱を注いでいます。